1945年終戦間近の、
硫黄島での出来事。

1ヶ月近く激戦を
繰り広げて深刻な犠牲者数を
出した硫黄島の戦い。

硫黄島をアメリカ軍が
占領した3月、
摺鉢山近くの岩山の穴から
降伏のしるしの
ハンカチを掲げて、
片足を失った日本の
陸軍少佐が出て来た。

アメリカ軍の司令官を探し、
穴の中に残っている
まだ有能な30名の
若い兵士達の存在を告げた。

少佐は自らの命と引き換えに
彼らを日本の為、世界のために
生かしてやりたいと
アメリカ兵に伝えました。

少佐に引見した
第五艦隊レイモンド・
スプルーアンス司令官が
少佐と部下達も
助けると話すと、
少佐は英語で感謝し、
絶命しました。

その後、
若い兵士たちが
残っている穴の中に
アメリカ軍や缶詰や
煙草を投げ入れ、
投降するように何度も
勧告しましたが、
青年達は誰も応じず
抵抗を続けました。

5月になっても
日本兵達は抵抗を続け、
何名かが餓死し、
最後には残された者は
手榴弾で自決しました。

爆発音を聞いて
スプルーアンス司令官
自らが穴に行くと、
英語と日本語で書かれた
手紙が穴の入り口に
置かれていました。

閣下の私達に対する
御親切な御厚意、
誠に感謝感激に堪えません。

閣下より戴きました
煙草も肉の缶詰も皆で
有り難く頂戴いたしました。

お勧めによる降伏の儀は、
日本武士道の習いとして
応ずることができません。

最早 水もなく食もなければ、
十三日午前四時を期して、
全員自決して
天国に参ります。

終わりに貴軍の武運長久を
祈って筆を止めます。

昭和二十年五月十三日
日本陸軍中尉 浅田真二

米軍司令官
スプルーアンス大将殿

「アメリカの青年達よ
 東洋には素晴らしい国がある。

 それは日本だ。

 日本には君達が想像も
 つかない立派な青年がいる。

 やがて日本は世界の
 盟主になるに違いない。

 奮起しろ」と。

第二次世界大戦後、
スプルーアンス大将が
全米各地の講演で
必ず話されました。

ほとんどの日本人は
知りません。

マスコミが報じず、
学校でも
教えませんでした。

自虐史観から脱却し
日本人としての誇りを
持つことが、
この先の日本に光を与えてくれるでしょう。