そして、マンダレーから南下した
英軍機械化部隊の砲撃を受けて
小川中佐は戦死しました。

昭和20年4月25日インド義勇軍のキアニー将軍は
後にこう語っています。

「私は日本人を尊敬している。

 日本人は他の民族に較べて
 はるかに誠実で信頼できる。

 この誠実さは
 インド人の中に伝わっている。

 大切なことは
 戦争に勝つとか敗けるとかではない。

 敗けても裏切らない誠実さだ。

 インド義勇軍の将兵は
 小川中佐を
 血を分けた兄のように親しく思い、
 時には徳の高い
 老僧のように尊敬している。

 一生忘れない」

と涙を流して語っていたという。

小川中佐と二・二六事件に連座した
大蔵栄一氏は
著書『二・二六事件への挽歌』
このように書いています。

「私達の同窓に
 こんな誇り高い男がいたと言うだけでも
 肩身の広い感じがする。

 たとえ日本の陸軍が滅びても
 また熊本幼年学校はなくなっても
 こんな物語だけは後の世に
 ぜひ残しておきたいものである。

 日本の中に
 こんな考えの男がいたことを
 永久に残したいものである」