「キ94」(ききゅうよん)は、
太平洋戦争末期における
日本陸軍の試作高高度防空戦闘機。

形状の全く異なる
「キ94Ⅰ」と「キ94Ⅱ」がある。

設計は立川飛行機。

立川飛行機は
練習機や輸送機の生産あるいは
他社の転換生産を行ってきた会社で、
「キ94」の受注は立川にとって
初めての戦闘機であった。

当時、立川飛行機は
A-26長距離機(キ77)を基礎とした
遠距離爆撃機の試作中であった。

この爆撃機は
与圧気密室を装備しており、
それ以前に試作した高高度研究機
「ロ式B型」以来の高空飛行に関する
多くの経験をもっていた。

立川に「キ94」が発注された経緯は、
高高度戦闘機であるため
与圧コクピットが欠かせないので、
機体の気密構造に経験の深かった
立川が選ばれたのだった。

1943年(昭和18年)6月、
陸軍の指示を受けた立川飛行機は、
東大航空科を卒業したエンジニア
新進気鋭の長谷川龍雄(当時27歳)を
設計主務者として、
「キ94」の設計をスタートさせた。

立川が最初に提案した機体は、
廃棄ガスタービン装備のエンジン2基を、
中央胴体の前後に配置(串形)し、
それぞれで牽引式、
推進式プロペラを駆動した。

主翼からは細いビームを後ろに伸ばし、
垂直尾翼は各ビーム後端に配し、
水平尾翼は
ビーム後端をつなぐ形となった。
1944年(昭和19年)2月に
モックアップ審査にこぎつけたが、
脱出時に後方プロペラに
巻き込まれる危険性や
エンジンの生産等に
問題ありとして設計中止となる。

1944年(昭和19年)3月末、
陸軍から中島キ87の設計を流用し、
気密室を装備した単発機として
設計を再開するように指示を受ける。

しかし協議の結果、
キ87改造案は一旦棚上げされ
独自案「キ94Ⅱ」の設計が開始された。

試作初期の要求性能は
以下の通りである。

  • 最高速度
    高度10,000mで最大水平速度750km/h
    抵抗の軽減のため層流翼を採用する。

 

  • 上昇性能
    実用上昇限度15,000m
    パイロットの負担軽減のため
    気密室を装備する。

 

  • 航続力
    全力0.5時間(高度8,000m)
    巡航2.5時間
    (速度465km/hで高度4,000m、
    増槽装備時+2.5時間)

 

  • 武装
    30mm機関砲×1または2
    20mm機関砲×2

 

  • エンジン
    可能な限り高出力のものに、
    これも最大の排気タービンを採用する。