この塹壕戦法を応用して、
敵を上陸させた所で
ジャンク船を焼き払ってしまえば、
敵は増援部隊は送り込めない。

逃げ道を失った敵兵士は同様する。

ましてジャンク船では重火器は積めないので、
相手は銃器を持った兵士だけだ。

ことらには戦車も野砲もある。

上陸した兵を一気に殲滅できる。

根本は共産軍の上陸地を想定し、
塹壕戦法の構築、
敵船を焼き払うための油の保管など、
日夜島内を巡りながら、
指示して廻った。

10月1日、毛沢東による
中華人民共和国の成立宣言が
全世界に向けて発信された。

敗走を重ねる国府軍は、
金門島にまで追い詰められている。

勢いに乗った共産軍は、

「こんな小島をとるのには
 何の造作もない、
 大兵力を送り込んで
 残党を捻り潰すだけの事だ」

と、国府軍を舐めきっていた。

10月半ば、金門島の対岸にある
石井港には、
灰色の共産軍の軍服を
着た兵士たちが溢れ、
中国各地の聞いた事も
ないような方言が飛び交っていた。

「漁民は船を提供せよ」と、
有無を言わさぬ強制徴用は始まった。

10月24日夜、
共産軍の上陸が始まった。

大きな船には百人あまり、
小さい船にも50人ほどの
兵士が乗って上陸してきた。

海岸が兵士の群れで埋まった。

そして敵兵が上陸して行った後で、
塹壕に隠れていた国府軍兵士たちは、
ジャンク船を焼き払った。

夜が明けてから、
出動した国府軍の戦車21両が
上陸した共産軍に襲いかかった。

37ミリ砲を撃ちまくる戦車隊に、
共産軍は多くの犠牲を出しながら、
敗退するしかなかった。

前線に出れば、様々指示も出来るだろう。

根本は湯の許可を得て、
ジープに乗って前線に向かった。

共産軍は金門島の西北端にある
古寧頭村に立てこもり、
村人を盾に必死の抵抗を続けていた。

一方、長年、敗北を続けてきた国府軍は、
初めてと言ってもよい大勝利に、
血気にはやっていた。

「このままでは、
 巻き添えで一般の
 村民が大勢死ぬ」

と根本は危機感を抱いた。

村民が大勢殺されたら、
今後、ここを国府軍の本拠として
抵抗を続けていくことも難しくなる。

根本は冷静に作戦を立てて、
湯に献策した。

まず古寧頭村の
北方海岸にいる
戦車隊を後退させ、
南側から猛攻をかける。

それによって敵を古寧頭村から
北方海岸に後退させる。

そこを砲艇で海上から砲撃させ、
戦車隊と挟み撃ちにして、
敵を殲滅する、
という作戦である。

湯の幕僚会議は、
根本のいちいち納得のいく作戦を、
一致して支持した。