卑屈になる必要はない、
日本人の矜持を忘れるな!

イラクでの人道復興支援の
時のことです。

サマワで武装勢力による
迫撃砲発射があった直後、
サマワの住民たちは
日の丸と垂れ幕

「サマワ市民と自衛隊で
 安全な街を再建しよう」

を掲げて自衛隊支援デモを行い、
自衛隊に花束を届けて
「徹底しないでほしい」
と訴えました。

このような光景は
イラク全土の各国軍駐屯地の
どこにも見られないもので、
米CNNはこれを全米に
報道したくらいです。

自衛隊員はイラクの住民たちと
一緒に汗をかき、
苦労と喜びを分かち合った。

サマワの部族長は
「自衛隊を攻撃する者があれば
 一族郎党を征伐する」
と布告を出しました。

自衛隊駐屯地には
常に地元住民が笑顔に
包まれていました。

そして、自衛隊はいざ
帰国する時には
お互いに涙を流して
別れを惜しんだくらいです。

大東亜戦争の時のことです。

インドでは日本軍と
インド国民軍が共に
英印軍(インド人兵士からなる
イギリス軍)と戦っていました。

光機関(対インド工作にあたった
日本の特務機関)の
日本人が敵陣へ近づくと
英印軍が射撃してきました。

するとインド国民軍が
日本人の前に立ちはだかり、
大声で叫びました。

「日本人を殺すな。

 我々インド人の独立のために
 戦っているんだぞ」

このヒンズー語の叫びを聞いて
射撃は一瞬止みましたが、
すぐに射撃が再開されました。

すると今度はその日本人が
立ち上がって両手を広げて
ヒンズー語で叫びました。

「同胞を殺すな。

 撃つならまず俺を撃て。

 俺はお前達に話に行くところだ。

 武器は持っていない」

これを見ると、
再びインド国民軍兵が
日本兵の前に
両手を広げて立ちます。

この繰り返しにとうとう相手は
説得されて、
英印軍一個大隊全て
日本軍に寝返った。

イギリスの植民地であった
インドでは敵味方に分かれて
戦っていたが、
インドの人々は一つとなって
日本軍に協力したのです。

その後、日本は戦争に敗れ、
イギリスが再びインドを
支配するために攻めて来ましたが、
インドの人々は一丸となって
これを追い払い、
インドの独立を勝ち取ったのです。

太陽の光が
この地上を照らすかぎり、
月の光がこの大地を潤すかぎり、
夜空に星が輝くかぎり、
インド国民は日本国民への恩は
決して忘れない。
(P・K・Lekhi=インド・最高裁弁護士)