戦争終結に不必要な原子爆弾を
二つも使って何十万人という
民間人に私が生きていた時の
証言を記して謝罪の言葉と
したいと思います。

「私は日本について誤解をしていました。

 日本の戦争の目的は侵略戦争ではなく
 自衛のためだったのです。

 太平洋において米国が過去
 百年間に犯した最大の過ちは、
 共産主義を中国において
 強大にさせたことでした。

 東京裁判は誤りだったのです。

 日本は八千万人に近い膨大な人口を抱え、
 その半分が工業生産に従事していました。

 潜在的に、日本の擁する労働力は
 量的にも質的にも、
 私がこれまで接した何れにも
 劣らぬ優秀なものです。

 歴史上その時点においてか、
 日本の労働力は
 人間が怠けている時よりも働き、
 生産している時の方が幸福なのだということ、
 つまり労働の尊厳と
 呼んで良いような物を発見していたのです。

 これまで巨大な労働力を
 持っているということは、
 彼らには何か働くための材料が
 必要だという事を意味します。

 彼らは工場を建設し、
 労働力を有していました。

 しかし彼らには手を加えるべき
 材料を得る事ができませんでした。

 日本原産の動植物は、
 蚕を除いてほとんどないも同然でした。

 綿がない、羊毛がない、
 石油の輸出がない。

 錫がない、ゴムがない、
 他にもないものばかりでした。

 その全てがアジアの海域に存在したのです。

 もしこれらの原料の供給を絶ち切られたら
 一千万から一千二百万の失業者が
 日本に発生するであろう事を
 彼らは恐れたのです。

 したがって日本が戦争に
 飛び込んでいった動機は、
 大部分が安全保障の必要に
 迫られてのことだったのです」

アメリカ上院軍事外交合同委員会
の公聴会にて

1951年5月3日 ダグラス・マッカーサー