実は台湾が親日国であるこという事実を
ご存知でしょうか?

未曾有の大災害となった東日本大震災時には
なんと200億円もの支援を頂いたのです。

「日本は戦争責任でアジア中から敵視されている」

学校でこのように教わった人たちは
台湾の親日の理由が分からず、
戸惑ってしまうかもしれません。

今回は、台湾がなぜ親日国なのか。

そして昭和天皇と台湾人との絆の
エピソードをご紹介していきます。

「かつて台湾は日本だった」

こう聞くと「日本が昔、植民地にして
迷惑をかけたってことでしょう?」
思う人もいるかもしれません。

しかし、それは歴史の真実ではありません。

あの時代は、日本人と台湾人とが、
一つの国として手を取り合って発展した、
幸せな時代でもあったのです。

日清戦争の結果、
台湾は日本に統治されることになりました。

台湾は、風土病や原住民の反乱が多く、
清は「化外の地」(文化・文明の範囲外)として
まともに統治することを諦めていました。

ヨーロッパから持ち込まれたアヘン吸引の悪臭もはびこり、
土地も人心も荒れ果てていたのです。

かつては原住民と福建省からの移民の流民、
倭寇などが争いを続けているような孤島です。

言葉が統一されていないため、
部族間でも意思の統一が図れず、
敵対や衝突もしばしば発生します。

そこにやってきた日本は、
列強国の優等生として世界にアピールすべく、
また持ち前の日本精神を発揮して、
台湾の教化改造に乗り出しました。

列強国の搾取型植民地支配を目の当たりにした日本は、
「内地延長主義」として、
獲得領土を日本国内と同じように扱うという、
欧米列強とは正反対の政策をとりました。

まず最初に日本が力を入れたのは教育です。

日本から優秀な教育者を派遣し、
台湾中に学校を建て、教育自体と同時に、
物事を学ぶ姿勢を根付かせます。

1904年に3.8%だった台湾児童の進学率は、
1944年には71.3%にまで向上。

児玉源太郎の時代には、
後藤新平の尽力によってアヘン吸引の習慣が根絶され、
各地の病院が建設され、「解決不能」と言われていた
台湾の衛生状況は一新。

また明石総督の指示によって、
日月潭にアジア最大級の水力発電所が作られ、
電気は台湾中に通うようになりました。

この水力発電所は、未だに
台湾の水力発電量の半分を生み出しています。

日本統治時代を直接経験している世代は、
今でも流暢な日本語を話し、
「自分は元日本人である」
胸を張ってくれている人が多いそうです。