石原慎太郎さんが、
皇室に対してどのような意見を
お持ちかご存知でしょうか。

あるインタビューで石原慎太郎さんは
「皇室について、どのようにお考えですか」と聞かれ、
次のような発言をされています。

「いや、皇室にはあまり興味がないね。

 僕、国家歌わないもん。

 国家を歌うときにはね、
 僕は自分の文句で歌うんです。

『わがひのもとは』って歌うの」

つまり、石原さんは国家を歌う場合は歌詞を
「君が代は(天皇の世は)」ではなく

「わがひのもとは(私の日本は)」
歌詞を変えてしまうと言うのです。

また、石原さんは戦時中、
父親から「天皇陛下がいるから
皇居に向かって頭を下げろ」と言われた際、
「姿も見えないのに遠くからみんなお辞儀する。
バカじゃないか、と思ったね」と語っていたそうです。

こういった考えを持つ石原さんですが、
都知事となり陛下とお会いする
機会も少なくありません。

このような中、天皇陛下との間で
このようなやりとりがあったのです。

それは2011年に発生した
東日本大震災の時です

天皇皇后両陛下が被災地にお見舞いに行かれ、
多くの人を励まされたのは周知の事実でしょう。

しかし、現地にお見舞いに行く前に、
天皇陛下と石原さんは一度お会いになり、
言葉を交わしています。

それは福島県から避難している方々がいる
東京武道館を天皇皇后両陛下が
見舞われた際のことです。

石原さんは普段、遊園会などには参加せずに
副知事を代わりに出席させることが多かったのですが、
今回は久しぶりに両陛下を迎えられました。

その際、翌12年に心臓手術をする
予定であることを知っていた石原さんは
陛下の健康状態を気遣い、
お見舞いの休憩時間に
このように言われたそうです。

「陛下もお疲れでしょう。
 被災地には若い男宮を名代に
 差し向けてはいかがでしょう」

陛下はこの言葉を黙って聞かれていましたが、
被災地の見舞いを終えて武道館を出るときに、
石原さんに歩み寄り、こう告げたと言います。

「石原さん。東北は、私が行きます」

この陛下のお言葉に
石原さんは唖然とし
絶句したのそうです。

その後、石原さんは
考えを改めました。

「あれから東北3県に行かれて、みな感動した。
 言っていただいてよかった」
と言われたそうなのです。

自分の体を顧みず、
国民のために行動をする陛下を見て
石原さんの考えも変わったのでしょう。

また、このような陛下の
御姿勢に様々な声が
寄せられています。

ここではその一部を
紹介していこうと思います。