しかし、アメリカはそれまで交渉の中で
一言も言ってなかったような
理不尽な要求まで盛り込んだ「ハルノート」を、
日本に回答として示したんです。

これを受けて日本も、
「戦争回避に向けて頑張って交渉してきたけど、
 アメリカは最初から妥協する
 気持ちなんてなかったんだな・・・」と悟り、
12月8日の真珠湾攻撃に至る事になるのです。

太平洋戦争開戦の詔勅をご覧頂ければ、
戦争を避けたかったが仕方なかったという
悲痛な叫びが見てとれます。

そうでなければ、敵国に対しての開戦宣言ともいう詔が
かのようまで痛恨の念を入れたものにはならなかったでしょう。

昭和天皇に戦争責任があるかどうかについて
論議されるところですが、責任があると発言している人々は
御前会議で御製をお詠みになるかわりに「朕は戦争を欲せず」と
一言発言すればよかったと言われます。

しかし、はたしてそれだけでしょうか。

その当時の国際情勢、国内事情を考慮すると、
単に天皇の一言だけで戦争が回避されたでしょうか。

日本だけでなく、世界中が戦争への大きな渦の中に
突き進んで行ってしまったのではないでしょうか。