これは両人の最後がいかに
立派であったかを物語るものでした。

さすがの監視兵たちも、
この歌声と笑い声の最後には
恐れと驚きを感じたらしい。

あれほど続いていた収容所内での虐待が、
その時以来、無くなったのです。

「国のため棄つる命は惜しまねど
心に祈るはらからの幸」

「身はたとえ南の島に果つるとも
留め置かまし大和魂」

前田利貴大尉の遺された歌です。

前田が弟に宛てた遺書では
「兄が死の判決を割合に平然と
受けることが出来たのは、
之全く御両親の御教育の賜物に外ならず、
之を見ても我々の御両親は
我々が知らぬ間に人間最大の
修養をちゃんとして居て下さったのだ。

今となっては其の高恩を、
何一つ御報いすることが出来ないのは、
ざんきに耐へない」