日本に帰国した柏田さんは
ウガンダでの功績が
認められてヤマトシャツの
副社長に就任。

それから15年の月日が流れ、
もう二度と行くことはないと思っていた
柏田さん。

ところが1999年
ウガンダ大統領ムセベニによって
再びウガンダに呼び戻されました。

それはウガンダのシャツ工場を
再建して欲しいと言う要請でした。

実は柏田さんがウガンダを去った後、
ヤマトの工場は国有化され他のですが
怠慢な経営により経営が悪化。

工場は閉鎖されていたのです。

地下資源の乏しい
ウガンダにとって繊維業は
国の大切な産業です。

ムセベニ大統領はウガンダの
経済を立て直すために
柏田さんに直訴したのです。

しかし、
今や柏田さんは
ヤマトシャツの副社長。

身勝手にウガンダへ行くこと
などできません。

いくら大統領の要請とはいえ
簡単に応じることは出来ませんでした。

するとムセベニ大統領は
「I beg you」
と言って頭を下げてきたのです。

再びウガンダの未来のため
働く決意をした柏田さん。

何と副社長の座を捨て
ヤマトシャツを退職。

そして69歳の時、
再びウガンダへと渡り
独立してフェニックス社を
設立したのです。

ウガンダの発展のために
人生を捧げ今も働き続ける
彼の姿に現地の人は
柏田さんのことを

「ウガンダの父」

と呼んでいます。