降りた途端にタンザニア軍と
元ウガンダ軍の混成部隊が
ジープでやってきて、
飛行機を囲みました。

全員銃をこちらに向けて、
「何しに来た?」

と聞いて来ます。

「工場が略奪にやられたというから
それを見に来た。

僕の工場はUGILと言うんだ」

と言いました。

すると一人が
「オー、ミスターカシワダ!」

と叫びました。

スワヒリ語でタンザニア軍に
彼が説明してくれました。

すると、隊長が
「オー、ウェルカム!」

と言って
将校にジープで連れて行って
もらうことになりました。

そして暴動により
ヤマトシャツの工場は
破壊されました。

従業員も100人くらい
そこにいまいした。

通信手段はないけれど
「柏田が帰って来ている!」

と一気に話が広がって
みんな集まって来たのです。

そして、みんな
土下座するのです。

本当にボロボロ泣いていました。

「ミスターカシワダ、
誠に申し訳ないです。

こんな事をしたのは
全部ウガンダ人です。

本当に残念だと思うし、
お詫びのしようがないです」

とみんなが泣くのです。

工場を失って悲しいのは
自分だけではないと
気づいた柏田さん。

その後少しだけ寄りました。

この状態はもちろん
自宅もやられていると
思って覚悟していました。

家の前に着いて見ると、
ゲートは閉まったままになっています。

よく見たけれど中に入った形跡もゼロです。

すると近隣のウガンダ人達が
「ミスターカシワダ、おかえりなさい!」

「周りはみんな略奪にやられている。

うちは略奪がなかったのか?」

と聞きました。すると
「我々が、略奪者が来ても
ミスターカシワダのことを
説明して止めました」

と言うのです。

近所の連中がみんなで
「ミスターカシワダの家を守れ!」

と動いてくれたのです。

鉄の扉にUGILの紋章と
Japanと書いていました。

「ミスターカシワダ」
「UGIL」は皆知っています。

「ミスターカシワダが
帰ってこなくなったら
ウガンダにヤマトシャツがなくなるよ」

と近所の人が略奪者に
説明していたのです。

そして、略奪者の間でも
「あの家だけは略奪するな」

となっていったのです。

柏田さんは
ウガンダに留まり彼らに恩返し
して行くことを決意。

そして2年かけて工場を再建。

気持ちを新たに
ウガンダ人と共に仕事を
再開することになりました。

ところが政府の要人にシャツを
届けに行くと
「金がないからお前が金を出せ」

と理不尽な要求をしてきました。

柏田さんが断ると後日、
国会で
「柏田はウガンダ政府に反抗した。
奴は殺すべきだ」

と糾弾してきたのです。

この事態を知ったヤマトシャツは
ウガンダからの撤退を決意。

柏田さんは1984年、
志半ばでやむなく、
日本へ帰国することになりました。