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「目が覚めて思うこといろいろ」
小野田寛郎さんが、強く語った
『開戦の詔勅』
今の日本の危機と重なる・・。
2017/01/18 より引用

小野田寛郎さんが、2014年1月16日、
お亡くなりになりました。
91歳でした。

小野田さんは、かつて
小泉元首相が靖国参拝時
「心ならずとも戦場に赴いた人々」
と述べたことについて
強く批判していました。

—–靖国神社
「終戦60周年国民の集い」
小野田寛郎氏のスピーチ—–

ご紹介を頂きました、
小野田でございます。

私は今まで、この席を借り、
あるいは他の会合で、

「黙って靖国神社に
お参りして頂きたい」

それをお願いしてまいりました。

今、平沼さん(元経済産業大臣)が
言われたように、
靖国神社に15日にお参りする
と言ったのは、他でもない
小泉首相であります。

「命を賭けて」と言って、いわゆる
(衆議院)解散をしました。

何故、「命を賭けて」
今日お参りできないのか!

私は敢えて首相を
けなしたくはありません。

しかしながら、
一国の首相たる者が、
この靖国神社へお参りをして
「心ならずも」と英霊に対して
言葉をかけております。

果たして私たちは「心ならずも」
あの戦争で命を散らせたので
ありましょうか。

私は国の手違いによって、
15年間靖国神社に
おまつりをして頂きました。

もし私がその時に
本当に死んでいたとすれば
国のために我々が戦わなければ
誰が戦えるのかと、
そういう自分たちの誇りを持って
力一杯笑って
死んでいったのであり、

また私だけでなしに
私の仲間も皆そうであります。

それがなんで
「同情」の対象なんでしょう。

「誇り」を持って死んでいった人に対して
何故ただ黙って
「ありがとうございました」と
感謝の念を捧げられないのか。

私は小泉首相に大反対であります。

靖国神社について、あるいはまた
戦後のいわゆる国際裁判のこと、
色々先ほどから諸先生方に
お話を伺いました。

また、ここにお集まりの皆様方は、
充分そのことを
ご承知のことと思います。

事後法(東京裁判のこと)など
裁判ではありません。

A級戦犯とは、敵国側が
占領中につけた名前であって、
決して我々の
認める名前ではありません。

私はただ一言だけ、時間の関係で
皆様に何としても
申し上げたいことがあります。

それは、先ほど陛下の
「終戦の詔書」を拝聴致しました。

しかしながら、現在の日本において
何故「開戦の詔書」
拝聴する機会が無いのか
ということであります。

ものには「終わり」
があるということは
「はじめ」があるからです。

「結果」があるということは
「原因」があるからであります。

「開戦の詔書」は
私は本当に入隊するまでの間、
しばらく何ヶ月か、
いわゆるお聞きした。

今でもよく憶えております。