2012年5月22日

  • 「超拡散《故・中川昭一先生の酩酊記者会見の闇を知る原聡子が「バンキシャ」に出演》
  • 日本人の忘れやすい性格を逆手にとって、あのイタリアでの「仕組まれた酩酊記者会見」の
    裏側を見ていた日テレの原聡子記者が、ほとぼりが過ぎたと判断してか。
    ノコノコと日テレ日曜日の「バンキシャ」で、ニュース原稿を読んでいました。

当時、イタリアでの重要会議を終了して、
故中川昭一先生が軽い昼食を済まして記者会見に臨んだのだが、
その食事に同席したのは、男性は中川氏と玉木林太郎財務省国際局長他1名、
女性は、日テレ・原聡子記者、読売新聞・越前屋知子記者他1名だった。

その時飲んだ赤ワインは、6名で一本だけだったにも拘わらず、中川氏はあの状態に陥ったのです。

中川氏本人もあの一瞬自分がどうなっていたのか「帰国してテレビを観て初めてわかった」と、中川義雄先生に語っていたのです。

誰が一服盛ったのか。

当時のマスメディアは、異常を通り越し、全てが謀略機関に成り下がっていたことを忘れてはいけない。(それは今現在も続いている・・・)

その謀略機関がなければ、中川氏が死に至ることにならなかったのであり、一服盛った犯人は、間接的に中川氏を殺した殺人になるからです。

あの記者会見後、バチカン美術館で非常ベルを鳴らしたとか、彫像に触れたとの報道も全て嘘だったのです。

それは、故中川昭一先生の叔父さんで参議院議員だった中川義雄先生から聞いた事だが
「郁子さんにバチカン美術館を最初から最後まで案内したバチカンの神父さんから手紙が来ていて、
日本で報道されるようなことは一切なかった。ずっと間近にいて一切お酒の匂いはしなかった」
と、綴られていたとのことでした。

皆様方は、我が国のマスゴミと神に仕える神父さんのどちらを信じますか。

一国の財務大臣を失脚させたスキャンダルの現場にいたジャーナリストの原聡子記者と越前屋知子記者は、国民に対する説明責任があるのだ。

ところが、越前屋知子記者は、帰国後姿を消したと思いきや、米国へ転勤となり未だに隠れている状態です。

そして、原聡子記者は週刊誌などからの取材を逃げ回り、未だに一切取材に応じない。

よほど都合の悪いことを知っているから逃げ回っているのであろうが、
ことは、我が国の将来の首相を嘱望されていた政治家を、
死に至らしめるきっかけのスキャンダルの現場にいた当事者として、
きちっと国民の説明責任を果たさない限り、
ノコノコ素知らぬ顔でテレビに出ることは許されないのだよ原聡子記者。

覚醒されていらっしゃるインターネットユーザーの皆さま、原聡子記者と越前屋知子記者はジャーナリストですので、説明責任を果たすまで絶対に許してはいけません。

これからも逃げ回るのであれば、地獄まで追いかけるしつこさが日本人には必要なのです。