竹島(独島)は誰のもの?

竹島

その前に、無法地(無人島)は占有宣言を行い異議がなければその国の領土。

これが国際法の理論です。

但し国際法は1850年頃に西欧で確率途上のもので当時のアジアでは、まだボンヤリとしたものでした。

無人島はほとんど無主地です。

固有の領土などでは有りません。

日本海の真ん中のそれも岩だらけの無人島 竹島も当然無主地です。

先に誰が占有権を主張し実行支配したかにかかります。

結論から占有宣言らしきものは日本と韓国いずれにもにありました。

日本 🇯🇵

(1905年2月24日 山陰新聞)

1905年に竹島(独島)を領土として島根県に編入。

目的は日露海戦に備え電波基地の必要性だった。

壱岐の新島と新聞報道されてます。

但し国際法には広く宣言はしなかった、朝鮮には知らせる必要性すら考えなかったし当然どこからも異議も無し。

 

 

 

 

韓国 🇰🇷

1900年に韓国勅令でウルルン島と竹嶼と石島を整備すると通達。

  • 日本 1905年
  • 韓国 1900年
  • なんと韓国勅令の方が早い
  • ところが韓国の言う石島が今の竹島(独島)である根拠がない。
  • それに自国内だけの通達
干島と竹島は別の島
竹島=2島
干島=1島

ウルルン島とその周りの島は、領有権争いもあったが日本は朝鮮領でいいと思っていた。

遥か彼方の90kmも離れた所に岩だらけの竹島がある事は知っていたとしても舟も付けれないそんなものに価値等なく当時、興味がある訳が無い。

そう見るのが普通でしょう。

石島を独島に変えたのは後付けでしょう。

まして干山島が独島だったなどは妄想の類い。

今更間違いとは言えない!

  • 更に、当時の韓国は近代化していない。
  • そんな韓国に竹島の正確な位置が書けたのか?

 

 

 

 

 

昔々はどうだったの?

では、それより昔はどうだったのか?

それが分かっても何の意味もないのですが。

少しだけ・・・

 

  • 昔の事を言うのはアメリカはインディアンの土地を盗んだと言うようなもの

 

島の名前を整理しておきましょう。

島の名前は度々変わっています。

竹島 = 独島、松島、リャンコ島、ヤンコ島、リアンクール岩礁(1849年)、幻の干山島

ウルルン島  鬱陵島、竹島、磯竹島、松島

ウルルン島付属の小島 = 竹嶼、竹島、幻の干山島、観音島、石島

  • 昔は口伝えなので、いい加減・・・
  • ウルルン島から竹島は絶対見えない訳ではないが・・・
  • 竹島があるのは知っていたが・・・

1618年江戸時代 ある個人が幕府からウルルン島を拝領とあるが、これは疑わしい、渡海許可だけと思われる。

その後、渡海中に竹島をたまたま見つけた。

ウルルン島は無人島だったので、度々アワビなどを獲りに行く。

たまたまある日、漂着した朝鮮人と遭遇し、小競り合いがあった記述も有り。

個人は幕府に朝鮮人が入らないよう陳情し幕府と朝鮮の話し合いもあったらしい。

その後何故か渡航禁止になります。

ウルルン島は明治になって500人程度移住して共存していた。などなど・・・

 

歴史的には、ウルルン島も竹島も日本が先に使っていたでしょう。

 

昔々、誰が先に発見したとか、そこで猟や漁をやっていたなど、何の意味も有りません。

領有権を世界が認めるか、誰も異議を唱えない事が重要なのです。

1905年から1945年の大東亜戦争終了まで日本の領土であった事は事実です。

現在も放棄していない事も事実です。

日韓併合など色々あった事も事実です。

 

大東亜戦争終戦後

終戦後、敗戦国の日・韓は米国の占領下に入ります。

マッカーサーは日本に漁業制限をさせるためマッカーサーラインを引きます。

日本はこれで竹島で漁業が出来なくなります。

これと領有権とは全く関係有りませんがアメリカはこれを放置していました。

1952年 李承晩がこれを参考にどさくさ紛れにラインを引いて竹島を強奪しようとします。

マッカーサーラインが根拠と言う人もいますが、これは何の関係も有りません。

アメリカは韓国の暴挙を放置します

一番の問題なのはここではないでしょうか。

アメリカの得意な、火種を残す戦略でしょう。

アメリカは近隣国が仲良くなりすぎるのは困るのです。

その前に韓国は竹島を韓国領にして欲しいと米国と交渉しますが、1951年ラスク書簡で独島は朝鮮の一部になった事がないと明確に拒否します

これが最終決定だったはずでしょう、なのに何故放置するのでしょう?

  • アメリカは歴史問題は・・・
    と逃げずに、責任を持って世界に発信すべきでしょう。

アメリカにとって竹島は日本でも韓国でもどっちでもいいのです。

アメリカの国益にとってどうなのかなのです。

歴史的な事実よりも国益が優先するのです。

二股外交も歴史が証明しています。

元々講和条約草案では

1948年頃は日本が放棄すべき島。

1949年は日本のもの。

1950年は言及なしと変化している。

米国は当初1948年韓国独立で統治権を認める、だった?

しかしレーダー基地の重要性を知り日本に変更したのです。

この辺からウヤムヤになってきます。

朝鮮戦争でそれどころではなくなります。

良い悪いは別にして当時はアメリカが事実上裁判官だったのだから、ラスク書簡が最終決定すべきでしょう。

なお1943年のカイロ宣言(無効)の中で、暴力的に取ったものは返すが、暴力的に取ったものでない事は明白な事実です。

  • アメリカは東京裁判でも裁判官だった。

また

1951年のサンフランシスコ条約で日本は竹島を放棄していない事も明白な事実です。

これがラスク書簡を要約です

(略)・・・As regards the island of Dokdo, otherwise known as Takeshima or Liancourt never treated as part of Korea and, since about 1905, has been under the jurisdiction of the Oki Island Branch Office Of Shimane Prefecture of Japan.

The Island dose not appear ever before to have been claimed by Korea.・・・(略)

(独島、もしくは竹島またはリアンクール岩に関して、この普段無人の島嶼は、我々の情報によれば、韓国の一部として扱われたことは一度もなく、1905年頃から日本の島根県壱岐島庁の管轄下にあります。この島は、韓国によって権利の主張がなされていることが、これまで明らかになっていません。)

こんな事を平気で発言している人が、今では政治家です。

固有の領土云々など何の意味も有りません。

日本は領有権を放棄していないのです。

今一度、歴史認識をしっかり改め直す時が来ていると思います。

過去から学び、未来に活かせるように・・・

              日本国 竹島